【愛知県】犬山市「明治村」
明治村
(明治村「清水医院」)

(その1)(その2)に続いて「明治村」の特集。
前回まで取り上げたのが「一丁目」エリアで、如何に広大なエリアなのかが伺えます。





明治村「二丁目」エリア
明治村「二丁目」エリア posted by (C)佐々張ケン太

今回取り上げるのは「二丁目」のエリア。
中央を貫く煉瓦道を目抜き通りとし、左右に建物が並ぶ。



札幌電話交換局
札幌電話交換局 posted by (C)佐々張ケン太

右手手前の目立つタテモノ、明治31(1898)年築の「札幌電話交換局」。
国重要文化財だが、同時に「明治村」への移築第1号でもある。



札幌電話交換局
札幌電話交換局 posted by (C)佐々張ケン太

外回りの壁を厚い石で築き、1階と2階の間の胴蛇腹には大きな花紋が連続して刻まれている。
1階と2階では窓のデザインが異なり、1階は葉飾を刻んだ要石を持つアーチ窓(上写真)、2階は角窓という西欧でもよく用いられた手法を採用している。



札幌電話交換局
札幌電話交換局 posted by (C)佐々張ケン太

「電話交換局」ということで中には電話の歴史、明治期の電話機と交換機などが展示されている。
世界史的には弘化元(1844)年にアメリカ人モールスが電信機を発明、さらに明治9(1876)年には同じアメリカ人のベルによる電話機の実用化成功と、通信手段が飛躍に進歩していた時代である。
ベルの発明の翌年には早くも日本にも紹介され、明治23年に東京横浜間で電話交換業務が開始されると、全国に浸透する。



安田銀行会津支店
安田銀行会津支店 posted by (C)佐々張ケン太

並びの「安田銀行会津支店」(明治40年築)。
ここでは明治期の衣装のコスチュームを申し込むことができる。



安田銀行会津支店
安田銀行会津支店 posted by (C)佐々張ケン太

カウンター内の営業室は2階吹き抜けで、2階の窓から入る光が白い壁に反射するおかげで室内は明るい。
そのカウンター内には明治期の衣装が揃っている。
それを着て村内を闊歩することもできるのだ。
ただ単に建物を見て回るだけでなく、当時の衣食住を体現できる点でいえば、単なる野外博物館を通り越したテーマパークといえる。



明治村「二丁目」
明治村「二丁目」 posted by (C)佐々張ケン太

「二丁目」エリアには国重文建築が3軒。
上写真手前の「東松家住宅」もその一つである。



東松家住宅
東松家住宅 posted by (C)佐々張ケン太

建物は明治34(1901)年頃のもので、明治期には珍しい木造3階建ての商家。
江戸時代には武家以外が3階建てを建てることを禁止されていたが、明治に入り徐々に認められるようになる。
しかし、大正8年の市街地建築物法により木造高層住宅が禁止されたことで、明治大正期の木造3回住宅はあまり多くない。



東松家住宅
東松家住宅 posted by (C)佐々張ケン太

元々は油問屋だった東松家だが、後に昭和初期まで堀川貯蓄銀行を営んだ。



東松家住宅
東松家住宅 posted by (C)佐々張ケン太

中でも圧巻なのは、裏まで通り抜けられる通り土間だろう。



東松家住宅
東松家住宅 posted by (C)佐々張ケン太

この通り土間、何と3階まで吹き抜けとなっている。
高窓から明かりを入れているおかげで、奥行きが深いにもかかわらず予想外に室内は明るい。



清水医院
清水医院 posted by (C)佐々張ケン太

並びの「清水医院」(明治30年代築)は中山道、妻籠と木曽福島の間にある須原にあったものだ。
当時はそこまでまだ鉄道が通されていなかったなかで、こうしたハイカラな洋風建築が旧街道髄にあったのは珍しかったであろう。



清水医院
清水医院 posted by (C)佐々張ケン太
清水医院
清水医院 posted by (C)佐々張ケン太

入口から入ると、通り土間に面して薬局(冒頭写真)と待合室があり、待合室の奥が診察室という形である。
洋風の外観とは対照的に、薬局と待合室が畳敷きの和室となっている。



清水医院
清水医院 posted by (C)佐々張ケン太

そして、須原に近い馬籠宿の出である島崎藤村ゆかりの医院でもある。
藤村の姉がこの医院に入院しており、小説『ある女の生涯』の舞台にもなっている。



東山梨郡役所
東山梨郡役所 posted by (C)佐々張ケン太

さて、「二丁目」エリアの目抜き通りを進んでいくと突き当りに控えているのが「山梨県郡役所」。
これも国重要文化財で、明治18(1885)年築。
前回「一丁目」エリアでも紹介した「三重県庁舎」と同じように左右対象、中央2階にベランダという典型的な明治期の官庁舎である。



東山梨郡庁舎
東山梨郡庁舎 posted by (C)佐々張ケン太

この郡役所は地元の職人の手によるもので、木造桟瓦葺きという和の外形に伝統技法を駆使して様々な洋風の意匠を施している。
東京だけでなく、地方の県令には開明的なのが多かったことで、前述の三重県庁舎やこの郡庁舎のように洋風官舎が地方に多く建てられた。

3軒の重文を擁した「二丁目」は決して広くないが、密度は高いエリアである。
全てを紹介したいところだが、次は「三丁目」エリアに移ります。


閲覧有難うございました♪ 応援、お願いします<(_ _)>

 ブログランキング・にほんブログ村へ 


bnr02_n
ブログ王ランキングに参加中!

リンクリックブログランキング