【愛知県】犬山市「明治村」
明治村
(愛知県犬山市「明治村」四丁目エリア 左から本郷喜之床、小泉八雲避暑の家、呉服座)

明治村「一丁目」エリア☞その1 その2
明治村「二丁目」エリア👉その3
明治村「三丁目」エリア👉その4
明治村「四丁目」エリア👉その5 ......そして今回



明治村
明治村 posted by (C)佐々張ケン太

明治村「四丁目」エリアの後半には木造建築が通り沿いに並ぶ。
左の「本郷喜之床」(明治末年頃)や右の「小泉八雲避暑の家」(明治初年代)はいずれも文人とのかかわりが深いタテモノ。




本郷喜之床
本郷喜之床 posted by (C)佐々張ケン太

「本郷喜之床」の2階には石川啄木が明治42年から同44年8月まで住んでいた。
代表的な詩集『一握の砂』はその頃に出版されたものである。
啄木は函館の友人に預けていた母や妻や長女を呼び寄せ、そこに住んだという。
しかし、一家みな結核に苦しみ、階段の上り下りさえ苦にするようになると、小石川の小さな一戸建てに移り住むことになる(啄木は翌年に病没)。



小泉八雲避暑の家
小泉八雲避暑の家 posted by (C)佐々張ケン太

一方の「小泉八雲避暑の家」はその名の通り(笑)
ラフかディオ・ハーンが松江中学の英語教師として来日し、日本人女性と結婚後に帰化、東京に移った
後は東京帝国大学や早稲田大学で英文学の教鞭をとる。
八雲はその頃から夏は静岡県焼津のこの家に過ごすことになるが、元々は地元の魚屋の家だった。
中1階は通り土間で、入って左に店と座敷が並んでいる(現在は駄菓子屋さんが入っている)。




呉服座
呉服座 posted by (C)佐々張ケン太

大阪府池田にあった「呉服(くれは)座」(明治25年築)。
同エリアでは、前回の「宇治山田郵便局舎」と並ぶ国重文だ。




呉服座
呉服座 posted by (C)佐々張ケン太

江戸時代以来の伝統建築の名残りを残すこの芝居小屋には、地方巡業の歌舞伎を始め壮士芝居や新派。落語、講談、漫才などが演じられてきたが、尾崎幸雄や幸徳秋水らが演説会に使ったこともあるという。
升席の花道に回り舞台、奈落と呼ばれる舞台から楽屋への通り道など、伝統的な芝居小屋の意匠が残っている。

半田東湯
半田東湯 posted by (C)佐々張ケン太

ミツカン酢で有名な半田にあった銭湯「半田東湯」(明治末年頃築)。
半田は港町でもあったので、仕事を終えて汗を流すには必須だったろう。



半田東湯
半田東湯 posted by (C)佐々張ケン太

半田東湯
半田東湯 posted by (C)佐々張ケン太

半田東湯
半田東湯 posted by (C)佐々張ケン太

浴室は1階平屋で天井が低く、しかも男湯と女湯では湯船は隔たりがなく1つにつながっている。
明治の銭湯が今とは全く違うものだと実感する。



聖ザビエル天主堂
聖ザビエル天主堂 posted by (C)佐々張ケン太

ここからいよいよ「五丁目」エリア、そこには目玉ともいえるタテモノがあるのだが最後に取っておくとして(笑)、他にも見所たっぷりなのでいくつか回っていこう。
まずは「聖ザビエル天主堂」、京都の河原町三条に明治23(1890)年竣工、その名の通りあのフランシスコ・ザビエルを記念したものだ。
そういえば、件のザビエルも京都に滞在したことがあったという。



聖ザビエル天主堂
聖ザビエル天主堂 posted by (C)佐々張ケン太

基本は煉瓦造りと木造の併用で、外壁を煉瓦造りで築き、丸い高窓の並ぶクリアストーリーの壁を木骨竹小舞の大壁構造にしている。



聖ザビエル天主堂
聖ザビエル天主堂 posted by (C)佐々張ケン太
聖ザビエル天主堂
聖ザビエル天主堂 posted by (C)佐々張ケン太

教会に入るとどういうわけか厳かな気分になり、背筋がピーンと張ってしまう。



聖ザビエル天主堂
聖ザビエル天主堂 posted by (C)佐々張ケン太

正面の大きな(直径が3.6メートル超)丸窓を内側から見ると綺麗なステンドグラス模様が映える。
これは「薔薇窓」と呼ばれる。



聖ザビエル天主堂
聖ザビエル天主堂 posted by (C)佐々張ケン太

正面には、ザビエルをセンターにして聖像が並ぶが、その上には外光を通して美しい模様を見せるアーチ形のステンドグラス。
これらは色ガラス模様を描いたもので、外に透明ガラスを張って保護しているという。
明治村には「一丁目」で取り上げた「聖ヨハネ教会堂」もあるが、新教と旧教の違いるとはいえいずれも中は目を見張るものがある。
しかし、2つとも偶然か京都からの移築なのだ。

結構端折っているが、長くなった「明治村」も次回がラスト。
大詰めに相応しいあの建物に向かいます。