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(東京都港区三田一丁目)

麻布界隈を歩き回ったついでに、気になった場所にあったので立ち寄ってみた。
旧町名が「小山町」と呼ばれていた「三田一丁目」である。


スクリーンショット (67)


「三田」というと慶應義塾大学のお膝元として有名だが、そのエリアは広い。
一般的に最寄り駅とされているのが、JR山手線の「田町駅」あるいは都営地下鉄の「三田駅」。
しかし、こと三田一丁目に関していえばそれらからは結構な距離を歩かされる。
むしろ「麻布十番駅」が最も近く、一橋交差点を渡ってすぐ、上の地図でいうと赤い丸で囲ったエリアが「小山町」であった。
一の橋で古川が折れ曲がっていて、それを境に麻布十番寄りが谷地、一方の三田寄りが台地になっている。
一番高いのが慶應義塾がある場所で、そこを中心に下り坂になっていて、中でも「小山町」は土地が低い位置にあるのがわかる。
台地と古川に囲まれた、まさに窪地に戦災から免れた古い街並みが残っている。



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一の橋 首都高がちょうどジャンクションになっている

スタートは一の橋から。
古川には一の橋の他に二の橋、三の橋......とあって、五の橋まで存在している。
徳川綱吉が白金御前を造営する際、古川の拡張工事のときに架けた橋の最初が「一の橋」で、順番に「二の橋」「三の橋」......と続いたのが由来らしい。



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一の橋から古川を臨む 写真左側が三田、右側が麻布

古川沿いに低階層の家屋が並んでいるのが奥に見える。
そこが今回の目的地である「小山町」だ。


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旧小山町(三田一丁目) 正面に首都高の高架が見える

旧小山町エリアに入ると、細い通りが並行して低階層の住宅が並んでいる光景を目にすることができる。
正面には首都高の高架が通り、その下に麻布通りとなっているが、そこには高層マンションが並ぶ。


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旧小山町 正面に高層マンション

正面に高層マンションが聳え立ち、落差の大きさに驚かされる。


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旧小山町 下見板張りの二階建て木造家屋が長屋状に並ぶ

そして、下見板張りの二階建て木造家屋が色濃く残っている。
この一帯は戦災の被害が微細で済んだらしい。
対岸の麻布十番は甚大な被害だったので、古川が障壁となっていた可能性が高い。


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旧小山町 門構えを持った町家

恐らくは町内の有力者(或いは大家)だったのだろう、立派な門構えの町屋も残っている。



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旧小山町 車も通れない細い通りに密集する低層住宅

前回触れた元麻布の窪地にある低階層住宅群に近いものがある。



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旧小山町 町工場のようなのも見られる

麻布や白金など高級住宅街のイメージが強いが、古川沿いの谷地は古くから町工場が栄えていて、その名残りも今もとどめている。


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旧小山町 町会の掲示板にあった再開発のお知らせ

さて、この旧「小山町」界隈はかねてから再開発の計画が持ち上がっていた。
早ければ来年以降に着手される予定らしい。


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旧小山町
 戦災のない東京の風景

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旧小山町 路地を出るとモダンなファサードの建物

そうなると、こうした戦前から残る風景が見られるのもそう長くはなさそうだ。


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旧小山町 讃岐会館

そして、この讃岐会館も見納めになる日が近いだろうか。
かつて大和郡山藩柳沢家屋敷の敷地だった場所で、戦後に香川県が買い取って県人会の社交場として使われるようになった。
戦前からあったと思われる門塀向こうにも土蔵が残っているように、屋敷の施設を引き継いでいる。


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旧小山町 小山湯

路地の奥に行くと、営業をやめていた銭湯が残っていた。
この「小山湯」は大正10年に建てられた出桁造りの銭湯で、平成19年まで営業を続けていた。


三田小山
出典 『消えた風景を訪ねる 大人の東京散歩』 写真・加藤嶺夫

上の写真は、昭和43年当時の旧小山町の風景で、突き当りにあるのが「小山湯」。
慶應義塾がある場所柄ゆえに下宿屋も多く、その多くが風呂なしなので銭湯の需要も多かったのだろう。



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旧小山町 「小山湯」さまざまな顔

2階の窓桟が何とも言えないぐらいで、料亭建築を思わせる。
かつては風呂上がりの休息場だったんだろう。
閉業から10年以上だが、まったくと言っていいほどは荒廃している風に見えない。
そんな銭湯の姿も見られなく日は近いだろうか。



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旧小山町 小山湯脇の階段から

銭湯の脇に石段がある。
谷地と高台の間はこの石段しかアプローチがないようで、両者の隔絶ぶりを物語る。
高台は高級住宅街、谷地は庶民の長屋住宅群という格差を自然の高低差によって分けられている。

三田小山町......戦災を掻い潜り山の手にひっそりと残る谷地の古き良き風景。
それも再開発によって周囲と同じような画一化された風景に変わろうとしている。
今の風景が見られる時間は限られている。
住民がいる場所だけに、風のように訪れて去るように目に焼き付けたい風景だ。