佐原202006 (3)
(千葉県香取市佐原)

前回の「潮来」に続いてもう一つの水郷「佐原」を訪れました。
こちらは、古い町並み好きなら知らぬ物はモグリといわれるぐらいでしょうか。
川越と並んで「小江戸」と称される程に蔵造りの町並みが残り、千葉県で唯一の重伝建指定を受けています。



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利根川を挟んで潮来の対岸、もともとは「千葉県佐原市」と独立した市でしたが、平成18年に周辺の町と合併して「香取市」の一部分になっています。
東京からだと北東75㎞、前回の潮来もそうでしたが首都圏への通勤圏というにはちょっと無理がありそうな場所ですね。
そもそも、電車だと乗り換えが最低でも1回必要ですから。


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今回のメインは重伝建指定を受けている上の地図で赤く塗られている範囲。
最寄り駅は佐原駅ですが、1㎞程離れていて、徒歩で10分は必要でしょうか。
東西に香取街道、南北に小野川が流れ、ちょうど交わっている忠敬橋が重伝建地区の中心に当たります。

徳川家康が江戸入府の際に防衛と水害対策を兼ねた利根川の瀬替えが行われ、東北諸国から利根川を経て江戸へ物資を運搬する水上交通が盛んになります。
その中継地として隆盛を極めたのが、前回取り上げた「潮来」と今回の「佐原」。
利根川支流の小野川流域に「佐原河岸」が出来上がり、物流の集積地として在郷町に成長します。
その結果として、小野川流域には醸造業を始めとする商家が並ぶように。
一方で、成田山と香取神宮、鹿島神宮への参詣道として整備されていたのが香取街道で、宿駅として街道沿いに市場が形成され、日用品を扱う商店が建ち並びます。

現在の古い町並みは江戸時代から戦前にかけて造りあげられたものですが、蔵の街になったきっかけが明治25年の佐原大火でした。
そこで多くの市街地が焼失したことで、復興の際には防災対策として多くの土蔵が建つようになりますが、この経緯は同じ「小江戸」と称された川越と一緒ですね。
一方、明治31年に成田~佐原間に成田鉄道(現・成田線)が開通したことで利根川水運は衰退、物流の中心が鉄道など陸運に移ります。
実はこの辺りから戦前にかけてが佐原の最盛期で、蔵造りに混じって看板建築や洋風建築が建つようになり、”北総の商都”と呼ばれるように。
戦災に遭わず、首都圏から離れた立地故に古い街並みがそのまま残り、平成8年に重伝建指定を受けます。


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潮来から鹿島線の電車で10分で佐原に到着。
潮来から数えて4つ目とすぐの場所なのですが、問題は電車の本数。
日中は2時間に1本というローカル路線なんですね。

余談ながら鹿島線の歴史は浅く、香取~北鹿島間(現・鹿島サッカースタジアム)が開通したのが昭和45年。
成田線と直結して成田山や香取神宮、鹿島神宮への参詣路線と言えなくもないのですが、本来の目的は鹿島臨海工業地帯の造成で物資を運搬するためでした。
(当初の計画では水戸までの延伸で、実際に完成はするが、折しも国鉄が財政難で赤字ローカル線の切り捨てが叫ばれていた頃で、北鹿島以北は第3セクターの「鹿島臨海鉄道」として昭和53年に開通)
現在も工業地帯への通勤電車という性格が残っていることもあって、時刻表を見ても通勤時間帯の朝夕は1時間に1~2本、日中だと2時間に1本ですからとても利便性がいいとは言えませんね。
恐らくこの辺りの住民の移動手段は車なのでしょう。



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古い町家をイメージする佐原駅の駅舎ですが、これは2代目。
駅自体は明治31年に成田鉄道の終着駅として開業。



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駅前には「大日本沿海輿地全図」の伊能忠敬の像が建っています。
そう、佐原は伊能忠敬の地元でもあるんですね。
これは没後200年を記念して昨年に建立されたもの。


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目的地に向かう前にちょっと寄り道します。
駅を出て南、諏訪神社の鳥居を抜けた先です。



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伊能忠敬の銅像は駅前だけでなく、こちらにも立っています。
こちらは没後100年記念で、大正8年に建立。
方位磁針を使って測量中の堂々たる姿。
台座には漢文で「仰いでは斗象を瞻、俯しては山川を畫く」とあります。
結構ムズイこと書いてる風ですが、要は「天体を観測して、立派な地図を作った」ということなんです。


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その銅像、どこにでもありそうな児童公園の中にあるんですよね。


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さて、ここからが古い街並み。香取街道に出ます。
東薫酒造は江戸時代初期の寛文年間に伊能三郎右衛門が創業した造り酒屋。
三郎右衛門を祖とする伊能家は代々佐原の名主を務め、件の忠敬もこの伊能家の養子で、ここで酒造業を学んだとされます。
最盛期には35軒もの造り酒屋があったそうですが、現在は街道沿いにわずか2軒。


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東薫酒造さんの脇にタイル壁が鮮やかな銭湯。
入母屋屋根が立派で、如何にも正統派の銭湯です。






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もう一つ現存する酒蔵、馬場酒造さんの南に伸びる通りに古い街並みが。
既に重伝建エリアに入っているようです。



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この建物には案内板があって、「清宮邸」とありました。
佐原出身の国学者だった清宮秀堅の邸宅で、地元では伊能忠敬と並ぶ偉人だったようです。


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さらに南へ行くと平入の商家と店蔵が向かい合う町並み。
ここはまだ重伝建エリアの中心ではありませんが、穴場ですね。



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巨大な三角屋根の土蔵が3つもカーブに沿って並ぶ印象的な光景。
「与倉屋大土蔵」というそうで、もともとは酒造、醤油醸造を行っていたといいます。



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いつの間にか小野川流域にたどり着きました。
いよいよ重伝建エリアの中心地に入ります。



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伊能忠敬旧宅の前に架かる樋橋からはジャージャーと音を立てながら水がしたたり落ちてきます。
もともとは農業用水を対岸の水田に送水するための大樋でした。


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香取街道に架かる忠敬橋の前にあるのが荒物商の「中村屋商店」さん。
安政2年の建築で、千葉県有形文化財指定。



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重伝建地区を東西に貫く香取街道、現在の県道55号線沿いには歴史的な建物が目白押し。
何気に車の通行が多いので、撮影は苦労します。
右手前に見える正文堂(明治13年)は本屋さんでした。



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観音開きの重々しい扉もさることながら、屋根付きの袖看板が健在です。



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反対側から。
イオニア風の銀行建築も残っています。



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「小堀屋本店」は明治33年建築だが、開業が天明年間の現役蕎麦屋さん。
ここでお昼を取って、休憩。



因みに名物の黒切りそば、この色は日高昆布をそばに煉り合せたものらしい。
流石は有名店、昼時はかき入れ時で人が多かったのですが、ピークが過ぎた1時半ごろに入店し、ゆるりと店の雰囲気とそばを堪能しました。

さて「佐原」の街歩き(その1)はここまで、(その2)では小野川沿いの町並みを中心に、かつて存在していた遊里にも触れたいと思います。

(その2)に続く